掲載日 2001/7/12

ちゃちゃの狭間 その12


第七十一幕 その後

「おい。」

とぼとぼと...と、いう訳でもないが、ゆっくりと抜き身の刀を持って先を歩く栄治に声をかけたのは、抜刀斎、操と別れてすぐの事だ。

「三島は何処にいる。」

「林に....。さっきの二人が埋めてくれた。」

「そうか。」

「ならば其処へ連れて行け。」

「.....。」

ただ土を小高く盛っただけの、墓というにはあまりにもみすぼらしい荒れた土くれの数間手前で、栄治は黙って立ち止まった。

斎藤は、栄治をちらと見やり そのまま追い越して盛り土のところまで歩いて行く。

ぞんざいに突っ立って、手を合わせるでもなく、煙草を吸っている。

その背中を栄治はじっと睨み付けるように見つめている。

先程点けたばかりの、煙草を放り投げるのと、振り返ったのは同時だった。

「行くぞ。」

そう言うと、何事もなかったかのように 今度は自分が先に立って歩き始めた。

「急がないと山の中で夜中になる。」

10やそこらの子供にしては、随分ときつい速度で歩き続けている。

そろそろ日が傾きかけている。あとどれ程 歩けばいいのだろう。生まれてこの方一度も村の周辺以外のところへ行った事はない。

意地っ張りの栄治も、

急に斎藤が立ち止まった。

「くそっ。」

そう思って維持になって駆け寄ると、ふいに斎藤が 片膝を付いてしゃがみこんだ。

「な、なんだよ。馬鹿にしや....」

「阿呆。俺が、疲れるんだよ、お前に合わせて歩いていると。」

「こんな山の中で、意地を張るなよ。ガキが。」

栄治がいやいや斎藤の背中に負ぶさった。抜き身の刀を持ったままだが、斎藤は何も言わなかった。

斎藤が、ゆっくりと立ち上がって歩き出すと、栄治は小さな声をあげた。

「なんだ。」

「な、なんでもねぇよ...。」

この高さ.....。こいつは、兄貴よりもでかいんだ。

小さい頃の栄治は、歳の離れた優しい兄に負ぶってもらうのが大好きだった。

いつもと違うものが見える。

いつかこのたくましい兄のようになって、自分も同じものを 同じ高さで見れるようになりたい。

涙がぽろぽろと零れて、息が切れた。

斎藤の肩に突っ伏して、涙を噛み殺した。

『煙草くさい。』

「人の制服にハナを垂らしといて、生意気なことを言うなよ。」

「なぁ。」

「あんた、兄貴を部下だって言ってたろう。だったら藤田って人を知っているか。」

「知らなくもないな。」

「古閑。」

「え?」

「古閑の間違いだろう。」

そう言うと、斎藤は自分の側の窓を開けて外を見ながら煙草を吸い始めた。

残された男はどっかりと長椅子に沈み込み、髪をかきあげて笑った。

かなりの強行軍で 沼津の警視局についた藤田は、報告を受けるなり すぐさま その足で新月村へ向かった。

一つは、志士雄が村に到着したという報告。

そして.....。

それ以後、三島からの連絡が途絶えているという報告。

志士雄が逗留しているとなれば、あの村の警備は尚更厳重なはずだ。
警戒して動かずにいるのならばいいが.....。

今まで三島がよこした報告を一つ一つ思い返してみる。

村の様子、常に駐在する志士雄の配下達について、志士雄が村に逗留する際に使う館...等。
詳細で、一見 客観的に見える記述の隙間に見え隠れする、家族を、人を、村を守らんとする男の激しい怒り。

何やらざわついた気配が身体を通り抜ける。
直に村が見えてもいい頃だ。

結構な数じゃないか。

ふと見ると、妙な格好をした小娘と、一見して村の子供という出で立ちのガキが、志士雄の配下に襲われている。

「やれやれ。」

ため息と抜刀、刺突 ほぼ一刹那で済ませ、騒ぎの中心に目をやる。

まさかの赤毛チビ。

『あの野郎、こんな所で何油売っていやがる。』

「オイ、こんな所で何 道草食っているんだ。」

次回につづけ!(< 祈りか?)

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