掲載日 1997/3/20
不定期連載 ちゃちゃの狭間 その6
第五十六から五十七幕の裏ちゃちゃ
明治十一年五月十四日 昼時には未だ早い頃 某そば屋
天下の往来にまで響くほどの派手なくしゃみ。(しかも四発)
「いやだ藤田さん、汚い。」
「失敬。」
・・・ どうやら随分、嫌われた様だな。
「今のくしゃみはお前か。」
他所で早めの昼を済ませた古閑がひょっこりと顔を出した。
「自業自得というやつだ。」
「フン。」
まあいい、新撰組はいつの時代も嫌われる性分だ。
「さて・・・、どう出る抜刀斎。」 ニッ
「人の話を聞け、藤田。」
「なんだ。」
「自業自得。」
「 ・・・・・・・。」
やれやれと言いながら古閑は藤田の隣りに腰をおろした。
「抜刀斎がどう出るかわからんが、どちらにしろこの先の俺達の任務はそれに左右される。
内務卿は説得するつもりだろうが・・・ 」
「言葉で説得できる男じゃあない。」
「ああ、そうだろう。」お前と一緒だと ついでに古閑は呟いた。
そば屋の娘が運んできてくれた茶を、二人は無言で啜った。
「なるようにしかならんさ。」
そう言ってニヤリと笑う藤田を横目に、古閑は憂鬱な気持でいっぱいだった。
明治十一年五月十四日 午後 警視庁
部下からその知らせを聞いた時、二人は自室で十本刀に関する報告をまとめているところだった。
古閑は顔色を失いその場に立ち尽くした。
藤田は ――― 椅子に座ったまま まったくの無表情である。
その様子に面食らったのか、部下が藤田の顔を凝視していた。
「なんだ。」
ゆっくりと自分に向けられたその視線の所為で、瞬間その部下は血の凍る思いをすることになる。
「行っていいぞ。」
「しっ、失礼します。」ようやく一言口にすると、彼は慌てて出ていった。
「川路の旦那のところに行ってくる。お前はここにいろ。」
それだけ言って藤田は部屋を出た。
扉を閉めるのに少しだけ振り返った際、古閑の姿が目に入り、藤田の眼に少しだけ陰がさした。
川路のところに向かって歩く途中、偶然 抜刀斎と鉢合わせた。
「随分と早いな。」
「斎藤 ・・・。 丁度、紀尾井坂に出向いたところだった。」
藤田は足を止めて何か言いかけたが、結局何も言わず黙って歩き出した。
抜刀斎 ――― 緋村剣心も黙ってその後につづいた。
ネイションステイト、壮大すぎる理想だな
「これから確実に、日本の迷走が始まる。」
そして この隙を、志々雄は決して逃がさない ―――
「斎藤、お前・・・。」
緋村が何を問うているのか藤田には解かっている。 が、藤田はそれに応えずに煙草に火をつけた。
「俺は俺、お前はお前だ。」
別れ際にそう呟くと、斎藤は自室の方へ向かった。
古閑は窓から外を眺めているかのように、こちらに背を向けて立っている。
「川路殿は、さぞかし気落ちしていただろうな。」
「ああ、だが お前もたいしてかわらん。」
藤田は古閑の背中を真っ直ぐに見ている。
「言いやがる。」
「慰めて欲しいか。」
「誰が。お前の慰めの言葉なんぞ、考えただけで、首でもくくりたくなりそうだ。」
「阿呆、何で俺が・・・。 飲みに行くなら付き合ってやらんでもないと言ってるんだ。」
初めて古閑がくすりと笑った。
「ほう、お前がそうしたいなら一緒に行ってやらなくもないがな。」
すっかりいつもの調子に見えなくもない。
「ちっ。」
もちろん こんな大事があった日に、店の開いている時間に自分達の体が空くことなど ありえない
ことは二人とも充分承知している。
「で、抜刀斎は?」
「さあな、旦那はそれどころじゃなかったからな。」
「お前は聞かなかったのか。」古閑は呆れた顔で訊ねた。
「・・・・・・。」
「成る程、お前は 抜刀斎が京都に行くと踏んでるのか。」
「あ?」
「いや、いい、わかった。」古閑は半分ヤケであった。
抜刀斎のことは解からないが、この男のことはよく解かっているつもりだ。
「・・・・・・。」
「なるようにしかなならん、だったな。」
そう言ってニヤリと笑う古閑を見て、藤田は少しだけ心配になった。
次回につづく
<うぉ−っ、ハナシになってねぇっっ。>
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