掲載日 1997/2/18
不定期連載 ちゃちゃの狭間 その4
第五十一から五十五幕の裏ちゃちゃ
十年という月日は長かったんだろうか。
楽な日々ではなかったろう、少なくとも自分にとっては。
抜刀斎とはじめて戦った時の事を思い出す。
―――― 血が滾(たぎ)るとはああいう事を言うのだろう。
自分の身体が、血が、それを思い起こし始めているのを感じる。
フン、俺が、ねぇ。
最後は鳥羽伏見の戦か…。ああ、そうだ、長かったぜ…。
そして今、斎藤一改め藤田五郎は、神谷道場で静かに座っていた。
「へえ、ポリの刀はサーベルだとばかり思ってたけど、日本刀もあるんだな。」
ああ、藤田はまるで気に留めていなかった子供の存在に気付き、我に返った。
「やはり 刀は日本刀に限るからね。」
俺とした事が…。
そう思いながらも藤田は、またもやその子供の存在を忘れて いきなり着替えを始めた。
きちんと誂えて作ったものではあるが、カラーやカフスの付いたシャツは、戦うには動きづらく、不向きである。
そういう れっきとした理由が藤田にはあったのだが、あまりにも唐突だったので 子供、いや、明神弥彦はびっくりした。
『変な警官だぜ。』 弥彦 心の声
やがてこの道場の娘 ――― 神谷薫の声が聞こえ、それに応える抜刀斎の声が聞こえてきた。
いや、声よりも先に その気配を感じていた。
これが…。
これが、あの時戦った男と同じ男の気配…。
「その様子じゃあ ――――――― お前も随分弱くなったもんだ。」
古閑は神谷道場の裏にいた。
ふたりが戦うのを、何か眩しいものでも見るような目で見ていた。
ふたりの戦いは、伏見で目の当たりにしている。
十年、それは元新選組隊士の古閑にとっても 長い月日だった。
あの人が、生きていたとはな。
藤田五郎となった斎藤一に はじめて会った時の事を、俺は 生涯忘れないだろう。
古閑はそっと刀に手をかけた。
「俺にあの人を止めることはできない。」
抜刀斎と戦っているのは紛れもなくあの人、三番隊の組長 斎藤一である、どうにも説明がつかないのだが、相棒の藤田五郎とは違うのだ。
しかし、それでは古閑にはどうすることも出来ない。
古閑は目を閉じて、警視総監 川路の顔を思い浮かべた。(なんて色気の無い…、失敬)
…
志々雄真実討伐に、緋村抜刀斎をあてる。そのために抜刀斎の動向を探り、力量を量れ。
川路殿にそう命じられた時、藤田はまったく何の反応も示さなかった。
「わかりました。」と言っただけだった。
そんな藤田の姿を黙って見つめていた警視総監の眼差しを、古閑は覚えている。
志々雄の暗殺に、官に属さない緋村を使うのは名案ではあるが、人斬り抜刀斎と呼ばれたあの男の力量を量るとなると、流石の警視庁でも人材は限られてくる。
昔の抜刀斎に立ち戻って欲しいのは山々だが、その為にこちらが殺られてしまってはどうしようもない。
藤田と古閑が選ばれたのは、そういった経緯(いきさつ)からだったが、それでも川路に心配事が無い訳ではない。
幕末の京都にいた川路は、ふたりを ―― 斎藤と緋村を よく知っていた。
この人選では、どちらかが死ぬ事になるかもしれない。
川路の心配事はそれだが、他に誰も思い付かないのも事実だった。
「どちらも 失う訳にはいかない。その時は私自ら出向こう。」
川路に決心をさせたのは内務卿のこの一言だった。
この国の行く末を憂い、発展を成そうとする大久保利通にとっては、どうしても負けられない戦であった。
そしてその戦に勝つためにはどうしても必要な二人だった。
…
万が一の時には、この身を挺しても止めなくては。
古閑はそういう心構えでこの戦いを見守っていた。
だから、斉藤、いや 藤田の口から「もう殺す。」という言葉が放たれた時には、思わず目頭が熱くなった。
自然とここに戻ってきます
注意:早いマシンや、混んでいないプロバイダーをご利用の方にオススメ、でないときっといらいらします
「誰かあの二人を止めてェ――――ッ!!」
言われずとも。古閑は鯉口を切り駆け出した。
だが、次の刹那に藤田の刀が折れたのを見て拍子抜けしてしまった。
やれやれ、あいつの刀が折れたんじゃ どっちも死ぬことはないぜ。
古閑は気が抜けたのか溜め息をつくと笑った。
さて、じゃあゆっくりと 見せてもらおうか。(所詮、あんたもそうなのか古閑…)
とはいえ、藤田が 制服で緋村の首を締めはじめた時には、さすがの古閑も少し心配になった。
体格は華奢なくせに、藤田は異様に力が強い。
馬○力ってやつか?いやいや。くすっ。 <本当に心配してるのか、古閑っ
これが幕末の戦い…。
『だったら よかったんだが』(古閑心の声)
そうこうしているうちに、慌ただしく馬車が到着した。
だが 川路の後ろから、内務卿の大久保が姿を現した時には 正直、古閑も驚いた。
「やめんか!!」 川路一喝
それにしても――――、あの冷静な川路殿が斎藤と口走るとは…。
確かに藤田五郎としての普段の姿とは、顔付きから違うものな。ふふっ。
この戦いで昔に戻ったのは抜刀斎だけじゃあない、か。
赤松が姿を消したのを察して藤田が道場から出てきた。
「警視総監にあんたとは、恐れ入ったぜ。始末書ものだな。」
「やかましい。」
「赤松が逃げたぜ。」
「ああ、おそらく渋海のところだろう。」
「内務卿のことが漏れたらまずい、後は俺に任せろ。」
「いや」身を翻しかけた古閑の肩を掴みながら藤田は言った。
「俺が行く。」
その穏やかな声を放ったのと同じ男とは 到底思い難い殺気を背後に認め、古閑は振り返る。
「そうか、ならば これを持っていけ。」
古閑は腰の刀を差し出した。
「こいつも、幕末の頃からの俺の愛刀だ。」
「すまん。」藤田は折れた自分の刀を古閑に渡すと、赤松を追って暗闇に消えた。
…
あいつ…。
その手に残された藤田の刀を、古閑は何気なく眺めた。
刀なら何本も持っている藤田だが、戊辰戦争が終わって以来、一度も使っていない刀があった。
それこそが藤田の本当の幕末以来の愛刀『鬼神丸』である。
ひょっとしたらと思ったが、古閑の手の中にあるのは鬼神丸ではなかった。
戦いの中で、藤田自身が無銘だと言っていた。
斎藤一に戻った訳じゃあない、か。
それならば、いったい何が、あいつに再び あの刀を手にしようという気を起こさせるのだろう。
それとも、もう二度とそんな時など来ないのだろうか。明治となった今では。
恐ろしい男だぜ、俺の相棒は…。
藤田の刀を鞘に納めると 古閑は踵を返した。
あいつも真っ直ぐ帰る気にはならんだろう。
古閑は笑った。自分も到底 真っ直ぐ帰る気になどなれない。
先にやっているか。燗酒の舌触りを思い浮かべると、古閑も暗闇に消えた。
…
神谷道場遺留品一覧「藤田五郎の所持品の項」:制帽、最初に来ていたシャツ、折れた刀の切っ先、(アニメによると)奥歯1本。
次回へ続く
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