掲載日 1997/2/3

不定期連載 ちゃちゃの狭間 その3


第五十幕の裏ちゃちゃ

藤田五郎が薬売りを装い 神谷道場に現れ、左之助に重傷を負わせてから三日ほどが過ぎた。

すぐにでも緋村と手合わせを、いや 力量を測りにいくつもりだった藤田だが、警視総監から『待った』がかかった。
相楽の様態がはっきりするまで、手出しはするなとの御達しである。
しかも、直々に呼び出した上で、お説教というおまけ付きであった。

冷静な川路利良が声を荒げて、藤田をこっ酷く叱ったのには それなりの訳がある。
それがわかっているので藤田も古閑も(可哀相に・・・)並んで神妙にしていた。

緋村が最終的にこちらのために動いてくれなければ、何にもならないのである。

この三日間 ふたりは、いつにも増して忙しく過ごしたが、その甲斐あって 渋海の黒幕を突き止め、雇われた暗殺屋の名もあらかたつかみ、後は左之助の様態次第という時に、どうやら落ち着いたようだという知らせが入った。

「やれやれ、取りあえず 昼飯でも食いに行こう。」

「いいだろう。」

昼時に食事をとるなど何日振りだろう。

はっ、と思い付いたように顔を上げると、古閑は恐る恐る訊ねた。

「お前…、そば屋か?」

「ああ。」

一瞬の沈黙。

『久し振りの昼飯だ、旨いものが食いたい、精の付くものがいい、なのに 何故 そばだ(しかもかけ)、藤田っっ。』 ―――― 古閑心の叫び

「俺は牛鍋にするぞ。」 古閑は呟いた。

「…? ああ、好きにしろ。」

古閑のやけに力の篭った呟きに 不思議そうな顔をして振り返りながら、藤田はひとり いつものそば屋へと足を運んだ。



古閑が戻ると、藤田は手紙を書いていた。

「お前が手紙か?」 物珍しそうに古閑が訊ねる。

藤田は何も応えずに ただ少し笑うと 読んでみろと目配せをした。

「抜刀斎を呼び出すのか?」

「ああ、だが俺はそこには行かないが。」

「どういう事だ。」

「せっかくだから、ちょいと身体を馴らしておいて貰おうと思ってな。」

「渋海の暗殺屋か。」

「まあ、小手調べにもならんだろうが、抜刀斎(あいつ)が如何に平和ボケしているか判らせるのには いいだろう。」

使いの者を呼び、手紙を托すと 藤田は出かける用意をはじめた。

藤田の様子は普段と全く変わり無く見えた ――― 一見。

しかし、古閑は知っていた。藤田が感情の起伏というものを何処に隠しているのかを。長い付き合いである。

「藤田。」

「なんだ。」

「いや。」 古閑はついと下を向いたが 目は真剣であった。

「やり過ぎるな。」

藤田はゆっくりと笑った。

「心配するな、お前にそいつを使わせる事はないさ。」

藤田は古閑の腰の日本刀に目を落とした。

古閑は普段、サーベルを携帯している。密偵などというものは目立たないに超した事はないからだ。
しかし、昼から戻った古閑の腰には日本刀が備えられていた。

その意味を解せない藤田ではなかった。

「じゃあ、行くぜ。」制帽を目深にかぶると、藤田は部屋を出た。



四半刻程後、神谷道場。

「ごめん下さい。」


次回へ続く


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