掲載日 1997/1/1

不定期連載 ちゃちゃの狭間 その1


第四十八幕の裏

某警察署の一室

朝から報告書のまとめに追われていた古閑は、一息いれようと椅子の背もたれに寄りかかり、そのまま窓の方に体を向けた。
茶でも煎れるか、そう思って立ち上がりかけた時に扉が開いた。

この部屋に断りも無しに入ってくるのはただ一人、相棒の 藤田五郎だけである。
ここは藤田の部屋でもあるのだ。

古閑膽次と藤田五郎は警視庁入庁以来 ― もっと正確に言えば彼らが諜報部員(密偵)になって以来ずっと共に行動をしてきた仲間同士だ。

「ああ古閑、丁度いい 手伝ってくれ。」 そう言って藤田は部屋に入ってきた。

茶でも持ってきてくれれば俺の方にも丁度良いのだが・・・。ちょっとそう思ったが古閑は口に出さなかった。

古閑は余計な事を口にしない男である。

「目つきの悪い 薬売りか。」 藤田の格好とその手に抱えた薬箱を見て古閑はからかうように言った。

二人はここ数ヶ月、警視総監 川路利良 直々の依頼により、ある一人の男を追っていた。
かつては人斬り抜刀斎と呼ばれたその男の力量を測るためである。

「その薬箱は・・・。」

「ん、ああ、俺が作った。」

『きっ、器用な奴。』(古閑心の声)

「懐かしいな。」

「あぁ、俺がこれを担いでいるのを見たら あの人はなんて言うかな。」

「お前に物売りはできんから止めろ、と言うだろうよ。」

「ふっ、違いない。」

あの世でくしゃみをする男、そしてその傍らで 「あっはっはっ。」 と笑う男あり。

「で、あの小僧にしたのか。」 仕込み杖を藤田の背中に仕掛けてやりながら古閑は訊ねた。

「あぁ、小娘や子供に手はだせんからな。」

「気の毒に、あの喧嘩屋。」

「なぁに、殺りはしないさ。あれでなかなか頑丈にできているようだしな、少々 痛い思いをしてもらうだけだ。」

「いずれにしろ、気の毒なのは変わりあるまい。」

「ふっ。」

当初の予定では、こうではなかったのだが、渋海が裏から藤田に接触をしてきて 偶然 抜刀斎の暗殺を依頼してきた事から、渋海を利用した上でついでに渋海の暗殺屋ごと始末することになったため、急遽こんな猿芝居をする羽目になったのである。

「さて、そろそろ行くか。」 上衣を再び着直すと、藤田は薬箱を持ち上げようとかがんだ。

仕込み杖の先が、まるで尻尾のように袴を持ち上げるのを見てしまい、思わず吹き出しそうになるのを必死で抑えつつ、極めてさりげなく

「お前、歩きづらくないのか。」 とだけ古閑は訊ねた。

「いや、別に。」 そう言うと藤田は、薬箱を背負い 悪戯っ子のような顔をして少しだけ振りかえった。

「報告書は頼むな。」

「おい、またかよ・・・。」

と言いながらも、古閑は 藤田の尻尾の可愛らしさに免じて 仕方なく承諾を意味する微笑みを返した。

「いつもの蕎麦屋の前は通らん方がいいぞ。」

蕎麦屋の娘は、おしゃべりな上に大変な笑い上戸である。

藤田は不思議そうな顔をしながらも、お前がそう言うならと言って出ていった。

古閑は余計な事を口にしない男である。(言ってやれよ)

---- 数十分後、神谷道場----

「ちわ〜っ。」


次回へ続く


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