鶴ヶ城

これは鶴が舞い降りたように美しいと言われた鶴ヶ城の、会津戦争後の痛々しい姿です。画面上はわかりにくいと思いますが、写真では無数の銃痕がはっきりと見えます。この城の中で、高木時尾は 負傷兵の世話などをしつつ篭城していました。そして 後に藤田五郎となり時尾を妻に迎えた山口次郎こと斎藤一(斎藤一こと山口次郎とも言うが)は、その城を臨みながら 会津に残り戦いつづけます。

どんなに城がぼろぼろになろうとも、また どんなに銃弾の飛び交う中でも、鶴ヶ城の時を告げる鐘だけは途絶える事が無かったと言われ、その鐘の音は味方を勇気づけ、敵方さえも驚嘆させました。きっと山口次郎もその鐘の音を聞いて、さぞかし励まされた事だと思います。

とくに、時尾のいる城からの鐘の音だと思えばもう。しかし残念ながら、当時から二人がそういう仲であったのかどうかは、謎ですが。

滝廉太郎の荒城の月はこの鶴ヶ城をうたったものだとも言いますが、本当に胸に染む姿だと思います。





(c) Copyright 1997-2001 1to5 All rights reserved.