掲載日:1997/08/07

東京師範学校附属東京教育博物館

明治4年9月 政府は湯島の文部省内に博物局を置き、翌5年3月に博物局観覧場として一般に公開しました。

その後 博物局では、文化開発の為に広く様々な本を収集して人々の閲覧を許し、5年4月、大学講堂を書籍館と称して8月1日に開館しました。

6年3月に博物局観覧場と書籍館は、一時大政官所有の博物館事務局に合併されましたが、8年2月には分離して文部省の所管に帰し大成殿に移してこれを仮の建物とし、4月に博物局観覧場を東京博物館と改称しました。

9年3月 前者を東京書籍館より分離して事務所を上野山内坂上東四軒寺町に移し、10年1月教育博物館と改称、その後22年になって高等師範学校の管理下に移され、湯島聖堂構内に建物を新築し大成殿左右の廊下をも使用する事になりました。

明治40年1月中における来館者数 3350人、内列品使用者 114人、図書閲覧者 1294人、貸付図書 3503部、4916冊であったということです。

関東大震災後、上野に移転し昭和6年 科学博物館と改称しました。

以上は、「本郷区史」に載っている事を 分かりやすい言葉に直して掲載しました(なんたって 昭和初期に書かれたものなので)。また、「本郷区史」に東京教育博物館について載っていると言う事は バルカン聖人さんに教えていただきました。<この一文は 知らない人が見たらスゴクあぶない感じかも(爆)> ありがとうございました。



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