yaRickey

透明なエビ


水元公園に釣りに行った。「お魚釣ろうね〜。」なんて言ってたのに釣れるのはエビばかり。
でもいいか、喜んでるから。
前にここに釣りに来たときは高校生だった。あの時もエビを釣ったが、タナゴも釣れたのだ。
さらに遡れば小学生の時、やっぱりここでタナゴやくちぼそをたくさん釣った。
魚がいなくなったのか、エビが殖えたのか?生態系もいろいろ変わってゆく。
(なーんて、仕掛けや腕のせいだったり)
結局5匹釣れたけど、もって帰って飼いたかったけど、みんな川に戻した。
水元のエビは出来る事なら水元で死にたいだろう(んなことエビが考えるかいっ)。
昔もって帰ったエビは、結構がんばって世話をしたが数ヶ月で死んでしまったのだった。
擬似的環境はつくる事ができても、この川をつくることは出来ないものなぁ。
2002/05/04



激疲れ


今日は円海山にピクニック??に行った。いや、サイクリングというべきか?
まず、着くまでのだらだら坂でもうすでに私の息は上がってみっちー状態だった。
日ごろ自転車通勤の若旦那は、はじすけを背負ってもなお余裕の表情。くそぅ。
今回は選んだコースが悪かった。と思う。
いくらマウンテンバイクでもここは無理だろうというとこばっかなんだもの。
私は殆ど担いでましたよ。
自転車担いで山登るのはシンドイ、ああ、とってもね、しかし、あんなもの担いで山を下るのはもっときつかった。
何回すっ転んだことか。しかもやっとの思いで下りきったら自転車進入禁止(つか進入不可能だろ)の看板が...。
入り口にも書いとけや。(しかしそもそもあそこを自転車で降りようという輩はいないと思われ。)どこからコースが狂ってしまったのか謎である。
鎌倉の蕎麦はとても美味しかった。
しかし私は明日立ち上がることができるのかとっても不安だ。
2002/04/21



ひと皮


私は血圧が低い。ただ低血圧ですと言えないくらいに。
(夕食後に計っても48の80位だったりする)と言うわけで、朝の活動がどう仕様もなく苦手だ。
暴れる14キロの男の子を抱き上げることすらお互いに危険なので、はの字を幼稚園に連れて行くのは若旦那の役目に。

さて、お迎え。
「今日は最初の1時間くらいしか泣いていませんでしたよ」と先生。
おう、偉いじゃん。ちゃんと前に進んでる。
うちに着いてお昼ご飯を食べながら、「で、どうよ、最近?」(これが泣く泣く幼稚園に通う息子に母親が問う言葉か?)と聞いてみた。今まで遠慮してたんだけれども。
「うん。泣いてたよ」
「はっじが?」
「ううん。子供たち」
お、お前は一体なんや?
2002/04/15



竹の子ご飯おいしい


様子を聞いて、居ても立ってもいられない私の母がお供を連れてうちにやって来た。
(本当は、入園式に来たかったらしいが、仕事の折り合いがつかず、はじすけが落ち着いてからがいいと思ってねとか言って、全然落ち着いてませんけど)
竹の子ご飯を重箱に2段とケーキを持って。
園でのことを聞かれて、「はっじ、泣いてたんだよぅ。えーんて。」とか言ってて泣ける。
でもこうしてお祝いをして、おめでとうと人に喜んでもらえることなんだと、少しだけ認識したようで、なんだか嬉しそうだった。
こうやって手放しで褒めたり喜んだりって、私は少し苦手かもしれなくて、とか言いつつ気づくとやってたりするんだけど(子供って人を変える)。いや、だから幸せな子だなありがたいな思って。
2002/04/13



運び屋K


こまめに書いてるなぁ、最近。そんだけネタになるんだろうなこういうのって。
人が読んでて楽しいかどうかは別だけど。

もうね、今日は大変でしたよ。朝から。
もう自分の身に何が起こるのかわかってしまったから。彼に。
昨夜は散々「ママがはっじを置いていった」と泣かれた。うっ、人聞きの悪い。でも今日もそうなる運命なのだ、受け入れ給へ、少年よ。
あんまり暴れるので、体力の無い私では連れて行けず、若旦那の出番に。(ありがたや)
園庭から私が引き継ぎ、先生のもとへ。名前を呼ばれた時点ですでに大泣き。
私にしがみつくも、優しく軽やかに引っ剥がされてゆく。泣いてても構わんからちょっとだけ頑張れと心で呟き、後ろ髪ひかれる思いで、って本当に引っ張られた。

紅茶をすすりつつぼんやりと過ごす。ああ、でもこういう何をするでもない空白っぽい時間が大事なんだよなと、改めて思う。
無くしてみないと解らないもんなんだ、これが。

さて、お迎え。
「みんなと座るのは拒否していますが、今日はお教室に居てお歌を歌ってくれましたよ」
「そ、そうですか。ありがとうございました。」
拒否....(笑)。ってことは昨日は教室に入らなかったんかい?
姿や口ぶりが目に見えるようで笑ってしまいそうになった。笑っている場合かと思う人もいるかもしれないけれど。
半歩?前進気味。
2002/04/12



試練?


登園1日目。やっぱり行きたくないらしい、が、連れて行く。
園まではゆっくり歩いて1分かからないので、ただただそれがありがたい。
一人一人担任の先生に引き渡していくんだけれど、はじすけの顔を見て副担任の先生がシャッと出てきて、戸口に待機している。
何がなんだかわからずにいる彼を、泣く間も与えず「それでは、お預かりしま〜す。」と、抱きかかえてあっという間に中へ。でっ、デキル。やはりプロだ。
お別れの大変さを想像して覚悟していた私は、あまりのあっさりしたお役御免に、反応しきれず「あ、よろしくお願いします」とかろうじてつぶやいた。

うちに帰っても、なーんか心配で、何にも手につかない。(自分で自分が信じられん)
無造作に脱ぎ散らかした彼の靴下やパジャマが、うさぎのようにじっと蹲っているのを見て、妙に愛しくて泣きそうになっちまった。らしくないなぁ。

早目に迎えに行くことにする。警備の方に挨拶をして園庭を抜けると教室が見える。
でも、教室を見るまでもなく、戸口にぽっちんとひとり立っている少年。
上着を着て、カバン背負って、帽子まで被って、涙ぐみつつじぃっと外を見つめている。
あぁ、胸が痛いぜ。
どうやらこれはお互いにとって試練らしい。
2002/04/11



やや斜め上をいく男


今日は入園式だった。
小さめのセーラー襟のキメ服に身をつつみ、園の指定の帽子を被るとこれがまた結構お兄ちゃんぽい。(無事に出来上がってよかったなぁ、服)
結構お父さん達も大勢来ていて、スーツ姿で撮影係に忙しい。
うちの若旦那の場合は、あのはの字が皆に混じって入園する姿を一目見ねば、というただの野次馬なので、普段着でぷらぷらしている。
もともと、あの彼がちゃんと皆に混じって式ができるとは思っていなかった。
が、彼はいつも私たちの予想のやや斜め上をいくのだ。

教室で待機して、組ごとにホールに入場するのだが、何人かは泣いてしまっているので親が同伴して手をひく。
座席も子供達は前に固まって座り親は離れて後方にいることになっているが、親と一緒でないといられない子供達のための席がちょっと脇に用意された。私は、そこに座る事になるだろうと思っていたのだ、単純に。
が、彼はホールに入ることさえ拒否したのだった。
いかにも入園式らしい楽しげな式が進行してゆく。親たちは嬉しそうに写真をバチバチと撮っている。
さて、せっかくカメラをもってきた私だが、どこにカメラを向けるべきかとちょっと悩む。
仕方なく廊下で一人遊ぶわが子に向けて、一人周囲とは違う方向にシャッターをきる。
あまりの彼らしさに、若旦那と二人、笑いを堪えるのにちょっと苦労した。
組ごとの集合写真も大変だった。「やだ」の一点張りに終止符を打つべく「もう一生おやつあげないよ」とにこやかに告げる。
一転「行く」と言って先生に連れられ中へ入ったはいいが、皆と並ぶのがいやで脱走を試みる。
副園長先生がしっかと羽交い絞め、いや、抱きかかえてなんとか写真にはおさまる。ケモノのような泣き顔で。
あぁ、明日から本当に通えるんだろうか?少しだけ、うん、少しだけ不安。
2002/04/10



BCGとバイオニクル2


さて、きょうはBCGだ。これを打ってしまったらもう君は保菌者となって、アメリカなんかの小学校に入るのに一悶着(?)を覚悟しなければならない。(別にいいけど)
ツベルクリンの時はあっけなかったが、今度は針の数が多い。不安だ。
でも今日の先生は肝の据わった女医さん(褒めてます)だったので何事も無く終了。
わかった、わかったよ、トイザラスな。
彼のお気に入りはコパカ。見せれば絶対、ダーもはまる予感。
私も関節系にヨワイのでもうすでにはまりかけている。
はの字に関しては言わずもがな、だ。
組み立てたかったのに.....夕餉の仕度をしている間に、ダーに組み立てられてしまった。
父子が寄り添って嬉しそうにLEGOを組み立てる姿は微笑ましいが、私はレタスを千切りながらちょっと寂しかった。
コパカに牙突を構えさせてみた。かっこいいな、氷の戦士。
2002/03/07



ツベルクリンとバイオニクル


ついに、ツベルクリン注射の日が来てしまった...。
日本ではBCGを4才までに接種することが望ましいとされているようで、まぁまだ9か月くらいあるんだけれど、4月から幼稚園にやるので打っといたほうがいいんだろうなぁと。
泣いたり暴れたりするのをなだめるためのグッズを山ほど持ち、帰りにトイザラスとミスドに行く約束をして保健所に出かけた。
辺りは半年くらいの赤ちゃんばかり。受付で「えっ、3才!?なんで今まで連れて来なかったの!」みたいな。はぁぁ。
いざ注射を打つときも、周りに緊張が走る。まず私が膝に抱いて身体をしっかりと固定、その後四方から保健婦さんの手が伸びてきて押さえつける。先生も口では気楽に「ハイ、ちょっとチクッてするからね〜。」なんて言っているが、目元が引きつってるし。
だがしかし...。
当の本人は、口を尖らせて「ほ?」とか言って、針の刺さった部分を眺めてるだけ。
やれやれ。
拍子抜けしてしまったが、約束なのでトイザラスへ行く。で、バイオニクルと出会う。
もうプロモビデオに釘付け。
しかしここで買ってしまっては簡単すぎる。明後日にはBCGが控えているのだ。
今日はカタログだけね。
2002/03/05



心静けき


今日は、藤田五郎氏のご命日。ちょっと心静かに手など合わせてみる。(心は静かだが、はじめが暴れてて周りは非常に喧しい)
9月中に会津に行く予定がいろいろあってずれ込んでしまった。
状況的にこの週末は行けそうだったんだけど、何の縁も無い私めが、ご命日にお墓参りというのも気が引けるので却下。
それに、先日のお彼岸に祖母の墓参りに行けなかったので、ここはやっぱり先におばあちゃんのとこに行ってからと。
そういうわけで、藤田様、10月に参らせて頂きます。お花何にしようかな。
いろんな人が見る手前、「お供え物はちゃんと片した方がいい」なんてHPに書いてはいるんですけど、、、お花を下げなきゃいけないなんて、私自身ぴんときません、実は。
自分のご先祖のお墓なら、あげっぱなしだしなぁ。花が枯れたり、汚れたりしていたら次に行った誰かが片付ける。しばらく誰も来ないでそのままになっているようなら、お寺の方が片付けてくださるみたいだけど。
しかぁし、不特定多数の人が墓参に訪れるとなれば話は別なのかな。いろいろわけ解んない物、供えて行く人もいるかもしれないし。いろんなよくない噂も聞き及ぶし。
故人が好きだった物を供えてあげたいというのは自然なことだと思う。そういう気持ちを私は愛しいと思う。でも、漫画は漫画、小説は小説、あそこにお墓があるのは、生身の斎藤一さんなので、その辺解ってて混同するのはいただけないです(解ってないのは、別の意味でつーか常識的に問題あるが)。
お墓は自己主張の場でもないし、ギャグをかます場でもない。

たとえそれが歴史上の有名人物であったとしても、個人のお墓は史跡とかではないと思う。まして、彼のお墓は史実の人々にありがちな墓石オンリーの墓ではなく、埋まってんだよ其処に骨が。大切な家族の人達と一緒に。命を捨てる覚悟で護ろうとした会津というその場所に。
だから何て言うか、それなりの礼儀というものを尽くして参りたいです。

今日、ご命日ちゃっとなんだけどさ、あまりお知らせもできなかったし、誰もこないよなぁこれじゃ。1年に一度なのに、しくしく(でも自業自得)。
2001/ 9/28- Fri



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